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歴史・伝承のこと

旧第十二師団司令部跡記念碑:勝山公園(記念碑・石碑)

司令部跡の記念碑

明治4年(1871)生まれて間もない明治政府は、首都東京と東北・石巻、九州・小倉の三か所に陸軍最大の編成単位である鎮台(後の師団司令部)を置いた。小倉が軍都としての産声を上げた時である。しかし、同年、西南戦争へとつながる薩摩への牽制もあり小倉の鎮台は熊本に移った。明治21年に鎮台は師団と名称を変えるが、同27年・28年(1894-1895)の日清戦争後の31年(1898)に、再度小倉に、騎兵や砲兵も有する大部隊である第十二師団司令部が設置され、小倉は再び軍都の賑わいを取り戻した。文豪・森鴎外(本名:森林太郎・もりりんたろう)が第十二師団軍医部長として小倉にいたのは明治32年(1899)6月から2年10か月である。《出典:郷土出版社発行・「北九州の歴史」》

旧第十二師団司令部正門の跡で当時のままの正門が一部残っています。

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